『ラプラスの魔女』 全能足り得ぬからこそ〜

公式サイト(http://www.laplace-movie.jp/sp/index.html)

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もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。

ラプラスの自著における『ラプラスの悪魔』の定説である。つまり、世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような知性が存在すると仮定すれば、その存在は、古典物理学を用いれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができる、ということだ。この架空の究極概念をラプラス自身は単に「知性」と呼んだが、エミール・デュ・ポワ=レーモンが「ラプラスの霊」と呼び、その後広く伝わっていく内に『ラプラスの悪魔』という名前が定着することとなった。物語の中では、未だ解明されていないナヴィエ・ストークス方程式の解が『ラプラスの悪魔』の中にあるとされており、乱流(竜巻、ダウンバースト等)の性質を記述することが信じられている。コンピュータが実現した現在でも、全原子の位置、運動量を計測できたとして、1秒先の事象を予測しようとしても、1秒先の事象を予測するのに1秒以上かかったとして未来を知ったことにはならず、ラプラスの悪魔のような知性は科学的に見れば実現不可能とされることもある。

アイザック・ニュートン、ルネ・デカルトでさえも神を考慮しつつ自説を組み立てており、この作品は、その手に余るまさに神の如き力を手に入れた2人の悪魔の"復讐"と"救済"の物語であるといえる。

父である甘粕才生の身勝手な殺人動機により、最愛の母と娘を亡くした甘粕謙人は、その事件の巻き添えで植物状態になってしまう。しかし植物状態から回復する可能性のある一つの施術を受け、状態は元の身体環境となんら遜色ない程度まで回復していた。ただ一つ違ったのは『ラプラスの悪魔』に目醒めたという点だ。しかも彼は昏睡の傍ら、実の父である甘粕才正こそが、水城義郎、那須野五郎と共謀し、母と娘の殺害に及んだ事実を知り、復讐を決意する。

開明大学病院の脳神経外科医師である羽原全太朗の娘、羽原円華は10歳の時に竜巻に遭い、最愛の母を亡くす。時を経て、開明大学で研究対象とされていた『ラプラスの悪魔』を持つ甘粕謙人の存在を知る。もし自分がこの知性を手に入れられれば、竜巻の発生予測も可能になり、母のような無惨な事故には二度と遭わずに済むとして、罪悪感からの救済を求め、甘粕謙人が『ラプラスの悪魔』を手に入れるきっかけとなった施術を父から受け、その知性に目醒める。

この物語の真に悪魔的な部分は、甘粕才正の持つ独善欲による殺人ではなく、全く同じ知性を持った人間同士でも、知性への至り方一つ違うだけで全く異なる事象の捉え方、行動を起こすという点だ。例えば甘粕謙人と羽原円華がみた"月虹"。これを見た者には亡くなった人間が橋を渡り祝福を与えに訪れるという言い伝えがあるらしいが、片や純粋に救済の時に思いを馳せ、片や父とその共謀者に対する復讐心を燃やしている。どれだけ卓越した知性を持とうとも、人間の腹の底を推し量ることは難しく、行動を100%予測することは適わず、何気なく触れ合っている身近な人間でも犯罪に手を染める可能性があるということ、持て余す力なら使わない方が賢明であるということだ。

しかしその一方で、人間は時に予測さえも上回る力が備わっているということでもある。『ラプラスの悪魔』を持ってしても難しいとされていた乱流の発生予測さえも可能になり、ダウンバーストによって建物が倒壊するのを利用して父と共に死ぬことで復讐を終えようとした甘粕謙人に、ダウンバーストによって吹き飛ばされる車で建物に穴を開け、内部気圧を上昇させることで倒壊を防いだ羽原円華の行動が予測できなかったように、我々には、計算や理論だけでは決して予測できない奇跡をおこせるだけの力があることの示唆を見落としてはならない。 以上。